山田さんの tea time(ティータイム)

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憎しみを手放す方法は

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憎しみを手放す方法は

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こんにちは。私はお茶をするのが大好きな山田さんです。

 ▷山田さんのプロフィール

 

人を憎むというのは、苦しみの一つですね。

人を憎むのも、嫌うのも、とても辛いです。

 

あまりにも苦しくて、コントロール不能になって、自分の心がくすんでいくのがわかります。

どんどんグレーになって、・・・黒く、闇のように黒ずんでいく。

 

落ちて、どんどん落ちて、これ以上落ちたら、戻れなくなるという、入り口までたどり着いて、扉に手をかけます。

 

憎しみに身を任せても、楽にはなれない。

だけど憎まずにはいられない。

どうしようもない。

そのような時には、どうしたら良いのでしょうか。

 

自分をドロドロとした暗闇に落とした相手を、さらに憎みますか?

自分を大切にしてくれない相手の為に、さらに落ちていきますか?

憎しみの為に自分の人生を捧げますか?

 

忘れてさっさと幸せになることが、最大の報復になると思えますか?

苦しかった出来事に、憎しみ以外の価値を持たせることができますか?

愛する人のために、憎しみを忘れることができますか?

 

憎しみを手放すにはどうしたらいいのかを、考えました。

 

なぜ憎しみを抱いたのか

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人を憎むということは、自分で自分を苦しめるということです。

行き場のない思いで身悶えします。

万が一、その憎しみを行動に移してしまったら、さらなる窮地に追い込まれることでしょう。

 

私が強い憎しみを抱いたきっかけについて書きます。

 

「早く死なせてやれ。」

私が二人目に産んだ娘は、生まれながらにして、心臓に負担を抱えていました。手術を受けなければ、1歳まで持たないと言われているような病気でした。

 

迷うことなく手術を受けましたが、術後の経過は思わしくありませんでした。

 

娘に明日はあるのか、未来に続く道はあるのか、細い希望の糸を手繰り寄せ、なんとか日々を過ごしているような状態でした。

 

そのような中、彼は家にやってきました。

 

そして言いました。

 

「今の状態から、たとえ元気になったとしても、何らかの障害が残るのではないか?」

「障害が残ったとして、お前たちに頼りにされても困る。」

「自分たちのことばかり考えて、子供を生き永らえさせていないで、早く死なせてやれ。」

「お前たちには思いやりというものがないのか。」

 

私は思いました。

この人に、娘の状態を話すのではなかった。

・・・と。

 

数日前に、彼から娘の容態を聞かれたのです。

私は聞かれるがままに、娘の現状と、今後の可能性を、ピンからキリまで話してしまいました。

 

私は勘違いをしていました。 

 

彼が、娘のことを心配して、話を聞いてくれたものだと。

 

・・・私が愚かでした。

 

確かに命の綱渡りのような状態でしたが、娘は生後1ヶ月の小さな体で、全力で生きていました。

 

誰よりも力強く生きていました。

 

私が集中治療室にお見舞いに行くと、娘が起きている時は、いつも私の目を見つめてくれていました。

娘の瞳は、いつも私に何かを語り掛けていました。

 

私は娘に励まされていました。

励まされているのは、私の方でした。

 

娘を愛してもいない人に、娘の命と人生を、とやかく言われたくありません。

 

『この人は、そんなことを、言いに、わざわざやってきたのか。』

私はあきれていました。

 

この時点では、その程度のことでした。

 

「まあ、俺から言わせてもらえば、もっと早く死ぬべきだったと思うけどな。」

娘は、生後43日で人生を燃焼し、あの世に還りました。

娘を連れて自宅に帰ってきました。

 

小さな布団に保冷剤を並べ、娘を寝かせていました。

たくさんの人が娘の顔を見に来てくれました。

 

その中で、あの人もやってきました。

 

娘の眠る布団を挟み、私の正面に座ると、話し始めました。

 

確か、娘の死について何かを語っていたと思います。

その後の言葉で、私は彼の顔をじっと見つめました。

 

「まあ、俺から言わせてもらえば、もっと早く死ぬべきだったと思うけどな。」

 

私と目も合わさず、眠る娘の顔の方を見て言っていました。

彼の得意げな表情が、印象的でした。

 

言葉は脳裏に焼き付きましたが、その時の私は、何も感じませんでした。

それよりもずっと深い悲しみに、心が麻痺していたから。

 

人を憎むということ

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人を憎むということは、新たな苦しみの始まりを意味していました。

 

誰を憎んだかって・・・?

言うまでもなく、娘を愛してもいないくせに、軽々しく娘の生死について干渉してこようとした、あの人間のことです。

 

その人間のことを、私は、猛烈に、憎むようになっていました。

 

それは、私が娘の死のショックから、少しずつ回復をしていく過程で起こりました。

 

当初こそ、放心状態で、人を憎む余裕すらありませんでしたが、自分を取り戻してくるのと同時に、

「どうしても奴が許せない!!」

という感情が巻き起こってきたのです。

 

憎しみは、自らを焦がす

 一度苦しい思いを反芻すると、許せない感情が渦を巻き、消すことも忘れることもできませんでした。

「どうして。どうして。なぜ。なぜ。」

ねじれて引き伸ばされるような痛みは、自分自身を締め上げ、限界まで来ると、そこから火が燻ぶり始めて、炎を噴き上げました。

 

『許せない!』という感情は、私自身を灼熱の温度で焼きました。

 

憎しみは、際限なく増幅する

私の憎しみは、地球を駆け巡り、地球のあちらこちらで起きている紛争の憎しみを、かき集めて、増幅していきました。

 

『どうしてここまで憎いのか、わからない!』

 

いつしか自分が望まないことをしでかしてしまうイメージが、繰り返し頭の中に浮かぶようになりました。

 

それは、ネガティブで、危険なイメージでした。

 

恐ろしいとは思いましたが、

危険な妄想を、自分ではコントロールできないところまで来ていました。

 

憎しみは、さらなる苦しみをもたらす

ただでさえ苦しかったのに、人を憎むという行為は、さらに私を苦しめました。

 

感情のままに憎めば、怒れば、楽になれると思っていたのに、むしろ逆でした。

 

憎しみの業火で、私は自分が元から持っていた、心の最も美しい部分ですら、失ってしまいそうでした。

 

私はこのまま、自らの人生を憎しみに費やすのかと思うと、

悔しくて、苦しくて、絶望しました。

 

どうして娘と死別するという苦しみがあった後に、

追い打ちをかける人物によって、

さらに、窮地に追い込まれているのでしょうか。

 

苦しいことを、苦しいままで終わらせるのか?

 

そのように考えるようになりました。

 

憎しみを手放すにはどうしたらいいのか

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憎しみを手放すというのは、どういうことなのか?

 

・・・憎むことを、やめる。

と、いうことです。 

 

消えることも、忘れることもなかった憎しみを、

どのようにして、手放すというのでしょうか。

 

私がたどった、

憎しみを手放すまでの過程を、書きます。

 

『違う』ということを、受け入れる

持って生まれた素材。

生まれた環境。

生きてきた環境。

何を経験してきたか。

どのような感動を集めて来たか。

それにより、考え方や価値観は違います。

 

相手を知りたければ、相手が何に怒りを感じるのかを、知れ。

という言葉を聞いたことがあります。

 

そのくらい、人によって、『怒り』のポイントは違うのです。

 

つまり、

考え方や価値観が『違う』という点に関して、怒りをぶつけても、

すれ違うばかりなのでしょうね。

 

憎い相手の為にさらに苦しむ人生を拒絶する

憎い相手を憎んでいるがために、自分がさらなる窮地に追い込まれているということに、気がつきます。

そして、そのことに絶望をします。

 

だけど絶望したままではいられません。

 

どうして自分が嫌な人間のために、苦しんでやらなくてはならないのでしょうか?

 

憎んでいる状態というのは、その相手のことを、四六時中考えている。

ということです。

 

そのような気持ち悪いことが、許されていいのでしょうか。

 

冷静に考えれば、直ちにやめたい話です。

 

嫌で仕方がない相手のことを、ひたむきに思いながら、この人生を終えるなんて、ごめんですから!

 

苦しい経験は人を憎むためにあったのか?自分に問いかける

何のために苦しい思いをしたのか、苦しい展開は起きたのか。

それは人を憎むためにあったのか?

 

・・・そうだったとしたら、あまりにも惨い話です。

 

私は娘との別れを、汚泥にまみれさせるつもりはありませんでした。

 

娘が、憎しみに支配された今の私を見たら、どのように思うのでしょうか?

 

これ以上、自分を可哀想な人にするのは、やめよう。

・・・そう思いました。

 

憎い人の為ではなく、愛する人の為に生きる。と決める

憎い相手に夢中になっている間に、おざなりになっていることがありました。

憎い相手のために生きている間に、忘れていることがありました。

 

私の場合は、

当時3歳の息子と、夫。

天に還った娘。

私に期待をする、この世に送り出してくれた何か。

 

そして何より、

今日まで生きてきた、自分自身です。

 

憎しみのために生きるよりも、愛する何かのために生きよう。

そう思いました。

 

『憎むことをやめる!』

私は決めました。

 

すると、

体に絡まった糸のすべてが一気に緩むかのように、呼吸が楽になりました。

 

『憎む』という感情は、心身に、よほど負担をかけるのでしょうね。

 

さいごに

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憎しみを手放した時に、楽になれるのは、

憎まれていた相手ではなく、憎んでいた自分自身。

 

 

前に進み、器の大きさの違いを、見せつけてあげましょう。

その時にはもう、

何もこだわらなくてもいいくらい、

別の大切な何かを、見つけていますから。

 

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